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2015.06.08

解剖と脳

Sportsmedicine 2014 NO.165より抜粋しております。

http://www.bookhousehd.com/pdffile/msm165.pdf

 セラピストはセラピストモデルの解剖をしないといけないということ!
もしあなたが運動器を扱う仕事をしているなら、運動器を知るための解剖をしてみませんか?インドネシア大学では関節を動かすことが出来るご遺体で解剖実習を行います。

1解剖と脳
根幹からのアプローチ

148 号(2013)の特集「解剖の真実」で登場していただいた吉尾先生。理学療法士として20 年臨床に携わって、そこから札幌医科大学で改めて解剖を学び直した。実際に理学療法士の眼で何百体ものご遺体に触れ、新たな発見をされ、現在は全国でセミナーを通じてそこから学んだことを伝えておられる。脳に関しても豊富な知識を活かした臨床で成果を上げておられる。解剖と脳というまさに「根幹」の大切さについて聞いた。

 

私の臨床に根拠はあるか?

―― 20 年理学療法士として仕事をして、もう一度、解剖をやり直そうとされたのはどういう思いからだったのでしょうか。
 もちろんきっかけがありました。自分自身が医療人として、本当にこれでいいのかと思うような出来事が自分のなかでありました。
―― それは日々の臨床で?
 そうです。ほかに私的にもありました。実は私は子どもを一人亡くしているのです。その子は超未熟児で1カ月間保育器の中で頑張ってくれていたのです。NICU に毎日通っていて、子どもに対する自分自身、それから子どもに対する医師、看護師の仕事の中身をみていて、自分が普段患者さんたちに行っていることは、ウソがあると感じたのです。
―― ウソということはないと思いますが。
 臨床の中で自分が誤魔化している部分は、自分自身が一番わかるのです。
―― はっきりわかっていないことでも、わかっている感じになっているということ?
 そうです。医師はそこで「わかっていることは、わかっていること」「わからないことは、わからないこと」としてはっきりきちんと説明してくれるのです。そして、子どもがその説明のとおりになっていくのです。この事実はすごいなと思うわけです。根拠に基づいて説明もなされ、根拠に基づいて治療もなされ、そしてそのとおりのいい結果も悪い結果も得られて、やはりそれはすごいことだな、これが医療なんだと思いました。私たち理学療法士は患者さんの歩行分析や動作分析をよく行うのですが、その分析が本当に理路整然と説明されるものかというとそうではない。なんとなくパッとひらめいたもので答えを出してしまうのです。しかも、そのひらめきはその時々で違うのです。
―― 理学療法士のA さんがみるのと、B さんがみるのでも違ってくる。
 そうです。立場によっても違うのです。何を背景にその人が育ってきたかによっても違うのです。
―― それはおかしいことですね。
 おかしいことです。そのことをやはり自分でよくわかっていたので、これではいけないと思いました。しかもその動作分析がもとになって、私たちは治療内容をどのようにするか、アプローチの方法を考えていくわけです。ところが、これが全然根拠に基づいていないということになります。これではダメだ、ちゃんと科学的なことを考えてやっていこうと思ったわけです。そして、そのためには何が一番大事かというと、私たちは運動を通してリハビリテーションに携わっているわけですから、その運動に一番重要なことは、まずは人間のからだの構造をきちんと知ることだろうということを考えたわけです。学ぶべきは解剖学だなと思いました。紙の上での解剖はある程度わかっていたとしても、細部のことはわからないわけです。学生のときは当時では珍しくメスを持って解剖実習をさせていただきました。そういう意味では恵まれた学生時代でした。しかし、そのときは解剖することだけで一生懸命で、それが機能的にどうなのかまで考える余裕はまったくありませんでした。筋肉がここから、ここに付いているとか、この筋肉にこの神経が入っていっているとか、それがわかったところで動作分析ができるかということとはあまり関係がないのです。そうではなく、解剖と動作を結びつけ、ご遺体をとおしながら、ああでもないこうでもない、ということをいろいろと考えることができればいいなと思いました。なぜ足の変形が起こるのか、ご遺体をじっくりみることで、もしかしたらみえるのではないか。なぜ脳卒中の患者さんたちはこんなに肩を痛がるのかについても、肩の中をしっかりみることでもしかしたら何かがみえてくるのではないかと期待して、解剖の世界に入りました。
―― 学生で実際に解剖をやったことがない人はたくさんいる?
 国立系や一部の大学を除き、ほとんどのセラピストは実際の解剖実習は受けていません。
―― 学生のときはどこがどうなっているのかをみるのが精一杯で、しかし臨床経験を経てくると臨床の目から解剖をみることができる
 臨床で患者さんをみていると、自分のなかで、疑問や課題をたくさんもちますよね。

セラピストモデルの解剖

―― しかし、改めて解剖を経験する機会というのはなかなかないでしょうね。
 実際には難しいでしょう。解剖してわかったことなのですが、私たちが行った解剖は医学モデルの解剖だったのです。要するに、私たちセラピストはセラピストモデルの解剖をしないといけないということがわかったわけです。医学モデルの解剖というのは基本的には命をどうやって救うかということを学ぶための解剖が第一義的になります。もちろんそれだけではありませんが、もっとも中心的課題はそこです。そのことに関する取り組みは彼らはすごいなと思うのです。もちろん私たちにとってもそれは大事なことですが、私たちの場合は、ここはどのように動くのかとか、麻痺したときの動きはどうなるのか、という動きや機能が問題になります。ホルマリンで固定された身体部位のそれぞれの位置関係ということだけではなくて、もっと柔らかいご遺体でどのように動くのか、それがうまく動かなかったときどのような問題が起きるのか、実際にみて知ることができる実習が大切だと思います。私たちは脳卒中などで麻痺している患者さんたちを担当しています。麻痺しているということは、組織が固定されていないご遺体とある意味同じ状態なのです。
―― 動いていないわけですからね。
 そうです、神経・筋が働いていないわけですから。そのような解剖をとおして、たとえば肩関節の中をみるときに、こういうふうに動かせば肩の中でどのような問題が起こるのかを、自分の目でみることができるのです。これは医学モデルの解剖では出てこないわけです。逆にセラピストこそそこを知らないといけないという解剖です。

やってはいけないことをやっていた

―― では、その解剖を通じて、本当はやってはいけないことをやっていたんだということも出てきた。
 それが明らかにみえて、ちょっとショックでしたね。たとえば私たちは学生のときに、肩関節を他動的に動かすときに内旋と外旋のどちらが大事かというと外旋のほうが大事、なんとなくそういうイメージを焼つけられるのです。肩関節の外旋をするとどうなるかというと、肩の後ろ側の関節包は緩むわけです。そうすると実際の新鮮のご遺体で何が起こるかというと、肩関節の中にその関節包が吸い込まれていってしまうのです(図1、2)。これは麻痺しているから起こる現象なのです。新鮮なご遺体だから起こる現象なのです。麻痺をしていなかったらこういう現象は起こりません。ですから麻痺していない骨折の人たちには起こりません。ところが脳卒中や頸髄損傷の人たちは、それが肩関節で起こるのです。要するに関節包が中に吸い込まれないように、筋肉がそれを引っ張ってくれているのです。その筋肉が働かないので、関節の中に関節包が吸い込まれてしまうわけです。関節包が関節の中に吸い込まれた状態で、私たちが患者さんの肩関節を「イチ・ニー、イチ・ニー」と動かすとそれは大根おろしをしているようなもので、骨と骨との間で柔らかい関節包を擦っているのです。
―― 傷つけている。
 そういうことです。ところが実際には、そういうことが起こるということは40 年も前の解剖の本にはちゃんと書かれています(図2 参照)。40 年前の解剖の本に書かれているということは、その現象は解剖学の世界では、それは常識です。ただし、それを医学モデルで勉強していらっしゃる方々は、あまりそういうことは重要ではないので、そこは抜け落ちてしまいます。
―― では、今は教科書にもそういうことは書かれていない?
 ちらっと解剖の本に書いてあります。ちらっと書いてあるその情報が実はセラピストたちのための解剖の本には、むしろ特別扱いしてゴシック体か何かで強調して書いていないといけないような内容なのです。
―― 実際にはそうなっていない。

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